クレームはお客様からのプレゼント。
僕は15年前から小さなスーパーの本部でお世話になっています。
本部というと快適な高層オフィスで最高経営戦略室みたいなイメージが浮かびますが、僕と数人のスタッフで販売以外のすべての総務経理をこなしています。
人事労務や採用、経理処理に資金繰り、給与計算や契約書の管理、情報システムに関することやトイレットペーパーの心配まで。あらゆることが本部に集中します。
もちろんクレームの窓口にもなるわけです、何せ本部ですから。
一番面倒なのがこのクレーム処理です。
それも店舗で処理しきれない問題が本部にあがってきます。
本部責任者といっても正社員は僕ひとりです。
そして、僕の後ろには役員しかおらず、何が何でもせき止めなければならないポジションなわけです。
いろんなお客様がいます。
もちろんこちらサイドの過失については、ご自宅へお伺いして懇切丁寧にお詫びをし、さらに後日ご来店の際もコメツキバッタのように頭を下げるぐらいは当然やってきました。
しかしながら、世の中には一定数のおかしなひとがいるものです。
絶対に許してくれない方たちが。
誠意を見せろ、落とし前つけろよ、どういうマニュアルで動いてんのよ、お前はメッセンジャーか、なんであなたが責任者なんだよ、あなたじゃ話にならないだろ、私の人生返してよ、逃げるんじゃねえよ、などなど思い起こせばたくさんのお言葉をいただきました。
お金で処理できれば分かりやすいのですが、お金でもなくお詫びでもなく、最終的な着地がわからず怒り続けるひともいます。
毎日のように電話がかかってくるとさらにやっかいです。
クレーム対応していると、ガムとかチョコならべて売ってるような小さなスーパーいじめんなよという思いがフツフツとわいてきます。
そんなに弱いものイジメするもんじゃないよと。
怒りだすひと、罵声を浴びせるひとは自分のことが心配でしょうがないのでしょうね。
しかし、ひとそれぞれの耐性には差があることがわかります。
いちごのパックの中の1個が傷んでいたことに耐えられるひともいれば、絶対に許せない、保健所に怒鳴り込んでやるというひともいます。
怒り以外の感情もひとそれぞれです。ある悲しみに耐えられるひともいればそうでないひと、あるストレスをなんとも思わないひともいれば眠れない日々を重ねるひと、やらなくてはいけないことが多くても負けずにやりこなすひと、逆にパニックを起こすひと。
ひとそれぞれに耐性があるわけです。
クレーム対応をしていてそんなことを学びました。
ひとそれぞれに耐えられるレベルが違うということ、それを想像してあげるべきだということを学んだということです。
自分が正義だと思うのはラクです。
ただ、少しだけ相手の気持ちを汲んであげるのも大人の振る舞いとして必要なのではないかということです。
だからといってクレーム処理が好きなわけではありません。できれば逃げたいです。
また、今日も新たなクレームが待ち受けているかもしれません。「いちお客が偉そうに」という感情を隠し、雲の上の青い空を見上げる気持ちで対応していきたい思います。